法務局での遺言書保管制度がスタートしています。では、法務局での遺言書保管制度のメリットやデメリットには、それぞれどのようなものがあるのでしょうか。
この記事では、制度の概要とともに、利用のメリットデメリットや結局遺言はどの方法がお勧めなのかといった点などについて解説します。
遺言書の法務局での保管制度とは

遺言書の保管制度は「法務局における遺言書の保管等に関する法律」にもとづく制度で、その名のとおり法務局で遺言書を預かってもらうことができる制度です。まずは、制度の概要について理解しておきましょう。
法務局で保管してもらえる遺言書の種類
法務局での遺言書保管制度の対象となる遺言は、自筆証書遺言のみです。その他の遺言(公正証書遺言や秘密証書遺言)は法務局で預かってもらうことはできません。
なお、公正証書遺言や秘密証書遺言はそもそも原本が公証役場で保管されるものであるため、法務局で保管してもらう必要性もありません。
法務局での遺言書保管制度はいつからスタート?
法務局での遺言書保管制度は、2020年(令和2年)7月10日からすでにスタートしています。そのため、この記事をお読みいただいている時点では、すでに制度を利用することが可能です。
相続が起きるとどうなる?
遺言書を法務局で保管してもらっていた方が亡くなった際には、亡くなった遺言者の相続人などから法務局に対し、遺言書情報証明書の交付を請求します。この証明書を使って相続手続きをするのです。
この請求の際には、遺言者の死亡から出生までの連続した戸籍謄本等や、相続人全員の戸籍謄本、相続人全員の住民票などを提出しなければなりません(法定相続情報一覧図でも良いのですが、法定相続情報一覧図を作成してもらうには同様の書類をいったん法務局へ提出する必要がありますので、同じことです)。
法務局に遺言書情報証明書の交付を請求すると、法務局から自動的に相続人全員に対して、遺言書を保管している旨の通知がなされます。これで、相続人全員が遺言書の存在を知ることになるわけです。
法務局で遺言書を保管してもらう手順

では、法務局で遺言書を保管してもらうには、どのような手順を踏めばよいのでしょうか。順を追ってみていきましょう。
遺言書を作成する
法務局での遺言書保管制度は、法務局が遺言書の書き方を教えてくれたり、遺言書についてアドバイスをくれたりするわけではありません。そのため、まずは自分で(または専門家に指導などを依頼して)自筆証書遺言を作成する必要があります。
遺言書の保管を依頼する法務局を決める
遺言書が作成できたら、保管を申請する法務局を決めます。保管申請をする法務局は次のなかから選択してください。
- 遺言者の住所地を管轄する法務局
- 遺言者の本籍地を管轄する法務局
- 遺言者が所有する不動産の所在する法務局
通常は、遺言者が出向きやすい住所地の法務局で問題ないでしょう。法務局の管轄は、法務局のHPをご参照ください。
申請書を作成する
次に、保管申請のための申請書を作成します。申請書の記載方法は、法務省のHPをご参照ください。
法務局に予約をする
法務局での保管申請には、事前の予約が必要です。管轄の法務局に電話をして、予約をするようにしましょう。
保管を依頼する
予約の日時に法務局へ出向き、保管を申請します。その際に持参すべき資料は次のとおりです。下記は一般的な例ですので、あらかじめ法務局へ確認してください。
- 保管申請をする遺言書
- 保管申請書
- 本籍の記載がある住民票の写しなどの添付書類
- 運転免許証などの本人確認書類
- 申請手数料(1通3,900円)
保管証を受け取る
無事に保管申請が受理されると、法務局から保管証が交付されます。保管証はその法務局で遺言書を預かってもらっていることの控えですので、大切に保管してください。
法務局で遺言書を保管してもらうのにかかる費用

法務局で遺言書を預かってもらうには費用がかかります。必要な費用は下記のとおりです。
保管時に支払う費用
保管申請に必要な手数料は、遺言書1通につき3,900円です。
閲覧時にかかる費用
保管申請後に遺言書を閲覧する際の手数料は、モニター閲覧の場合には1,400円、原本を閲覧したい場合には1,700円です。
遺言書情報証明書の交付にかかる費用
保管をした遺言書を相続手続きに使う際に必要となる遺言書情報証明書の交付請求の手数料は、1通につき1,400円です。
遺言書を法務局で保管してもらうメリット

では、法務局で自筆証書遺言を保管してもらうメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。ここでは3つのメリットについて解説します。
なお、これらのメリットは、そもそもその遺言が公正証書遺言であれば享受できるメリットです。その一方で、保管制度を使わない自筆証書遺言にはこれらのメリットはありませんでした。そのため、下記のメリットは、「自筆証書遺言特有のこれらのリスクが、保管制度を使えば減らせる」という視点でもお読み頂くと良いかと思います。
自筆証書遺言でも偽造や紛失のリスクがなくなる
自筆証書遺言を法務局で保管してもらうメリットの1つは、遺言書が偽造されたり紛失したりしてしまうリスクを無くせる点です。
自筆証書遺言を自宅などで保管していると、どうしてもこられのリスクが生じてしまいますが、法務局で保管してもらっておけば、安心と言えるでしょう。
自筆証書遺言でも方式違背の無効が減らせる
また、例えば押印がないとか日付の記載がないといった明らかな方式違背による向こうが減らせる点もメリットの1つと言えるでしょう。これは、保管申請時にこのような様式面は確認をしてもらえるためです。
とは言え、下記のデメリットにも記載するとおりその書きぶりまでは確認をしてもらえるわけではありませんので、この点は誤解の無いようにしておいてください。
自筆証書遺言でも検認が不要となる
従来、自筆証書遺言であれば相続が起きた際にまず検認の手続きをしないことには、相続手続きに使うことはできませんでした。検認とは、家庭裁判所で行う遺言書の確認式のようなものだと考えてください。
一方で、法務局での保管制度を使った場合には、自筆証書遺言であっても検認が不要となります。
遺言書を法務局で保管してもらうデメリット

一方で、法務局での保管制度の利用にはデメリットも存在します。主なデメリットは、次の5点です。
法務局へは自ら出向かなければならない
1つ目のデメリットは、保管申請時には必ず本人が平日の日中に法務局へ出向く必要がある点です。
保管申請は、たとえご家族であっても弁護士などの専門家であっても代理は認められていません。また、保管官に出張してもらうこともできません。そのため、ご入院中の方や施設に入所中の方など、法務局へ行くことが難しい場合には保管申請をすること自体ができないのです。
遺言書は自分で書かないといけない
法務局での保管制度を利用する場合であっても、自筆証書遺言である以上は本文はすべて本人が自書する必要があります。この点もデメリットと言えるでしょう。
遺言書をきちんと書くことは文章の作成に慣れていなければ、決して簡単なことではありません。また、長い文章を間違えずに手書きをするのは、意外と困難なものです。
なお、自筆証書遺言は訂正方法も厳格に定められており、単に二重線を引いただけや二重線の上に印を押しただけでは訂正と認められないため、こちらも注意が必要です。
保管申請の手続きが面倒
前述した保管申請の手順をご覧いただくと分かるとおり、法務局への遺言の保管申請は意外と楽ではありません。そもそも公正証書遺言と比較した場合の自筆証書遺言の数少ないメリットの1つはその簡便さであったはずですが、法務局の利用制度を使うことで、その簡便性が損なわれてしまうのです。
それであれば、わざわざ保管制度をつかった自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言で作成したほうが良いように思います。
遺言者の遺言能力は証明されない
遺言書が無効となる原因は、要件を満たしていないという理由ばかりではありません。そうではなく、相続が起きた後でその遺言の内容に納得がいかない相続人などから、「そのとき親父はもうボケていたから、そんな遺言書は無効だ」などと主張される場合があるのです。
こうした主張がなされても、公正証書遺言であれば公証人や証人の面前で作成している以上、遺言能力があったことはある程度担保されます。実際に、公証人の先生曰く、公正証書遺言が遺言能力がないとして無効となった例はほぼありません。
一方で、いくら法務局での保管制度を使ったからと言って、自筆証書遺言である以上、この点は担保されません。つまり、将来「そのときはもうボケていたから無効だ」と主張されてしまった際に、その反証が簡単ではないのです。このデメリットは自筆証書遺言全般にかかるものですが、保管制度を使ったところで解消されるものではありません。
内容のチェックはされないのに、保管されたことで安心してしまう
実は、相続が起きた後で手続きに使えないような遺言書であっても、押印や日付などの要件さえ満たしていれば法務局で保管ができてしまいます。
例えば、次の遺言をご覧ください。これは、山田太郎さんが長女の鈴木花子さんに、自宅の土地建物と預貯金を相続させたいと考えて書いたい遺言だとします。
私の家とお金は花子にゆずる 令和3年5月30日 山田太郎㊞
結論から言えば、この遺言では実際に花子さんが不動産を自分の名義に代えたり、預貯金を解約したりといった相続手続きをすることはできないでしょう。例えば下記の点が問題です。
- 不動産が「家」とだけの記載であり、きちんと特定されていない。
- そもそも土地についての言及がない。
- 預貯金は厳密には「お金」ではない。
- 「花子」とはどこの花子さんのことなのか不明。
- 「ゆずる」という言葉が適切ではない。
しかし、これが全文自筆されており、押印もあり日付もある以上は、法務局での保管自体はできてしまう可能性があります。つまり、法務局に遺言書が預かってもらえたからといって、その遺言書が実際に手続きに使えるかどうかはわからないのです。
しかし、保管が認められるとなんとなく法務局のお墨付きをもらった気がして安心してしまう方もいるのではないでしょうか。この点も、大きなデメリットです。
遺言書は公正証書遺言で作成しよう

法務局での保管制度を使ったとしても、前述のとおり自筆証書遺言のデメリットは少なくありません。後世に問題なく財産をのこすためには、やはりしっかりと公正証書で遺言をつくっておかれることをおすすめします。
公正証書遺言の作成手数料はその内容によって異なりますが、例えば2人の相手にそれぞれ2,000万円程度の財産を渡す場合の公証役場手数料は6万円前後です。そのほかにサポートを依頼した専門家報酬がかかりますが、これは自筆証書遺言であっても変わりありません。
このように、確かに費用は掛かってしまうのですが、その点を踏まえてもやはり公正証書遺言の方が安心です。実際に、公正証書遺言を作成件数は自筆証書遺言の検認件数の6倍程度もあり、公正証書遺言を選択している方が多いと言えます。
公正証書遺言のメリット
では、公正証書遺言はどのような点にメリットがあるのでしょうか。6つのメリットについて解説します。
偽造や変造のリスクがない
公正証書遺言のメリットとして、まず偽造や変造をされるリスクがない点が挙げられます。
公正証書遺言を作成すると、その原本は公証役場で保管されます。また、あわせてデータでも保管されるのです。そのため、公正証書遺言を偽造しようと思えば、公証役場に忍び込んで原本を書き換えたうえデータも偽造しなければなりませんので、ほぼ不可能と言えるでしょう。
方式違背での無効リスクがほとんどない
公正証書遺言の場合は自分で文書を書く必要がありませんので、方式違背による無効はほとんどないと考えて良いでしょう。この点もメリットの1つです。
遺言能力がないことで無効になるリスクがほとんどない
公正証書遺言を作成するには、公証人のほか証人2名の立ち会いが必要です(弊所で作成をサポートする場合には、証人もこちらで手配しています)。
そのため、例えば遺言書の内容が気に入らない相続人などから「そのときには親父はボケていたから無効だ」などと主張されるリスクが低く、たとえ主張されたとしても実際に無効になる可能性はほとんどありません。
この点も、公正証書遺言の大きなメリットと言えます。
自分で遺言書を書く必要がない
公正証書遺言は、自分で文章を書く必要がない点もメリットです。書き損じや訂正方法などを気にする必要もありません。
署名のみは原則として本人がする必要がありますが、手に力が入らないなどの理由で署名ができなくとも、公証人が付記書きをすることで作成できます。
病院や施設から出られなくても作成できる
公正証書遺言を作成する際には、施設や病院まで公証人に出張してもらうことが可能です。その分公証役場の手数料は上がってしまうのですが、施設や病院からの外出が難しい方にとっても安心です。
相続手続きにスムーズに取り掛かれる
公正証書遺言の場合には、相続が起きた後で検認をする必要はありません。また、自筆証書遺言の保管制度を利用した場合のように法務局から証明書を取得する必要もありませんので、スムーズに手続きに入ることが可能です。
この記事を書いた池邉からひとこと

法務局での保管制度ができたことで、自筆証書遺言の問題点のいくつかは解消されました。とは言えまだまだリスクは残りますので、やはり遺言書は公正証書で作っておいていただきたいと思います。
当然ですが、遺言書は「作成すること」がゴールではありません。その後、相続が起きた際に残された方が問題なく手続きができてはじめてその遺言書が役割を果たしたと言えます。この点を考えると、費用は掛かるものの、やはり公正証書遺言のほうが圧倒的に安心なのです。
遺言書を作る際にはぜひ、手続きをする場面から逆算をして適切な方法を選択するようにして頂きたいと思います。
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